村上信五「俺の今の根幹は○○さんとの時間」 会社も違うのに…一本立ち支えてもらった感謝忘れない関西の大恩人とは?

SUPER EIGHT

SUPER EIGHTの村上信五が4日放送のTBS「A-Studio+」(金曜後11・00)にゲスト出演。自身の根幹を作ってくれたと考える芸能界の恩人を明かした。

アイドルとしての活動だけでなく、MCとしてバラエティー番組で幅広く活躍している村上。事務所の後輩で、MCを務めるKis―My―Ft2の藤ヶ谷太輔から「デビューした時は“いつかMCで”(思っていた)というよりは徐々にですか?」と聞くと、村上は「徐々に徐々に。徐々にどころか、元々そんなん向いてるとも、やりたいとも思ってなかったのね。思ってなかったです」と明かした。
「一番最初は当時(渋谷)すばる君と横山(裕)君が圧倒的なキャラを持っていたから。面白かったし、ワードセンスも凄かったから」と村上。「そんなんはできへん。で、当時の『8時だJ』っていうジュニアの番組があって、ボケたら、ヒロミさんにツッコんでもらって、テレビに映って、目立てるっていうのが1つのパッケージになってた。その時に、ツッコミってヒロミさん除いたら誰もおれへん。ほんならツッコミでもしかしたら隙間でいけるかも、っていうぐらい、間を縫わないと、ただの明るいキャラクターしか持ってなかった」と回顧。「おもろいことなんか全然言えなかったから。だから今でもそうやと思ってるし。で、ツッコミをちょっと勉強せなと思って、大阪の番組の方で(やりだした)。そこから」とした。

それが関西テレビの情報バラエティー「モモコのOH!ソレ!み~よ!」に2003年からレギュラー出演。MCの「ハイヒール」モモコとは21歳から9年半共演した。

MCの笑福亭鶴瓶はモモコを取材。「モモコにお前、だいぶ教えてもうたやろ?モモコ自身が言うてたわ。あの子育てたん私やって」と声をかけると、「ほぼ俺の今の根幹はモモコさんと(の時間)」と村上。「ほんまそうです。もうロケのやり方からスタジオの在り方とか、ゲストに向けての立ち振る舞いとか、全部(教えていただいた)」と感謝した。

東京進出し、仕事も増えてきた20代前半で、超高級店でモモコらをご馳走したこともあったという。「西川きよし師匠の奥さまの西川ヘレンさんと、モモコさんの番組、ずっとこう一緒にさせて頂いてて、それはもうヘレンさんは母のように、モモコ姉やんはホンマ姉のように、ずっと僕は世話になっていたので」と村上。「仕事もできるようになって、稼ぎも、蓄えも多少できてきましたと。なので、もし良かったら、ご馳走させていただけませんか?」と頼んだそうで、モモコ、ヘレンと高級店に出かけたといい、「いざ会計なって、“じゃあ会計お願いします”ってパッて見たら、“あれ?足らん”ってなって。“すみません。ちょっとATM行ってきます”って言うて、封筒パンパンにして“これでお願いします”って払った最初の店」としみじみ。あまりの高額にも「免疫できた」と笑った。

モモコについて「僕の芸能の育ての姉ですから、もう一生足向けて寝れません」と村上。「立ち上がりの頃にわざわざ東京まで『(月曜から)夜ふかし』のためだけに来でくださったりとか、ロケもめっちゃ出てくださったり。いろんなサポートを受けて、いまだにコンサートの度に差し入れは入れてくださって、必ず顔出してくれて。で、俺らだけじゃなくて、その後の関西の後輩たちのとこ、みんな世話してくれてて。会社も違うのに。でもまあ、西のありがたいところというかね」と感謝。「それこそべぇ師匠もそうやけど“お前、モモコとやってるよな”っていうのとか、東京出てきた時も関西のタレントさん、みんな優しくしてくださったから、それがいまだにずっと残っているだけ。なんとかなっているだけで」と話した。

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